『…本日は高気圧の影響で、各地の天気は穏やかで、晴れ晴れとした陽気となるでしょう』
レイフは関係書類に目を通しながら、ラジオ放送で天気予報を調べていた。
『…連日の猛暑も次第に弱まり、過ごし易い気温になる見込みです』
五枚ほどある書類の最後の一枚に目を通し、購買で買った飲料水を一口飲む。
『…明日まで、すっきりとした天気が続くでしょう』
二分間の天気予報が終わり、ラジオの電源を切る。
「…そっか」
教室の自席から窓の外を眺め、小さく呟いた。
この学園には、校舎と体育館以外にもう一つ建物がある。
学園敷地の外れに建てられた“天文台”がそれである。
学園に通う生徒の一部が学園長に提案し、許可を得られたため、これが作られた。(←実話)
正確には天文台兼レーザー砲なのだが、この施設が兵器として使われたことは一度もない。あったら困るが。
そんな物騒な代物ではあるものの、内部は世界最高水準の観測装置や望遠鏡が設置され、部員も未知の天体の発見や観測に力を注いでいる。
部長は緋影、副部長はレイフ。
部員は、この二名だけ。
部活動の運営に支障はないが、たった二名のみでの天体観測というのは少々寂しいものである。
『少しでも部員を募るべきではないか』
以前、緋影はレイフにそう尋ねたことがある。
『もう一人くらいは欲しい』
レイフも考えたことがなかったわけではなく、そう返した。
しかし、元々生徒数の少ないこの学園ではそれは少々難しい問題であった。
二人ともそれなりに勧誘活動を進めてみたが…。
「は?あんたと天体観測?そんなことするくらいだったらさっさと寝たい」(←ノーテュエル)
「ロマンチックでいいですけど、生徒会の仕事が忙しくて…」(←高月)
「すまないが、夜更かしはしたくない」(←イクス)
「ここ最近苦労しっぱなしでな。休む時間くらいくれ」(←フェリン)
「リリーさんとなら」「やっぱいい」(←鶏島&緋影)
「話は聞いたぞ」「丁重にお断りします」(←ラムダ&レイフ)
思うような成果は得られなかった。
最終的に断念した二人だったが、今のままで十分、と結論付けて活動に没頭した。
しかし、勧誘の失敗による影響は大きかった。
『もう一人いれば賑やかになるのになぁ……』
飲み物を淹れながら緋影はそう零すことが多くなったし、レイフも口にこそ出さないがこの部活動に物足りなさを感じるようになっていった。
そんな陰湿な雰囲気が続いた、ある日のことである。
【*******】
「……ふぅ」
昼間聞いた天気予報の通り、この日の夜は快晴だった。見上げれば満点の星空。天体観測には持ってこいの気象状況だった。
しかし、部長である緋影は不在。連日遅くまで続く活動で疲れたらしく「今日は休ませてくれ」と昼間に言い付かっている。
今日は望遠鏡を使った調査をする気になれず、また天文台の屋根で休もうとI−ブレインを起動。重力制御で体を浮かせ、屋根の上に来たところで解除して降り立つ。
月のない夜空にはこれでもかと言わんばかりに散りばめられた星が燦燦と輝いている。
本来なら喜んで天体観測を行ったり会話したりするのに、今日はいくら自分に言い聞かせてもその気になれない。
原因だって分かっているのに、ここまで尾を引くとは思わなかった。
「新部員、か」
話題になるまでは考えもしなかった。緋影はどう思っているかは知らないが、自分としては落ち着いて夜空を眺める場所があればそれでいいのだ。だから少し前に彼が提案した「星空を見ながらのお茶会」も、あまり騒がなければと条件をつけた。今のところ、これも実現していないが。
屋根に寝転がり、遥か彼方に浮かぶ星たちを見上げる。冬の空ではないから、自分が気に入っているオリオン大星雲は見えない。夏に見える星といえば「はくちょう座」のデネブ、「こと座」のベガ、「わし座」のアルタイル。この三つの星を結んでできる夏の大三角も、今日はくっきりと見える。
北を向けば北極星。その周りを「北斗七星」や「カシオペヤ座」をはじめとする星座が、時計とは逆の方向にゆっくりと回転していく。
あとは、こと座にある環状星雲「M57」が挙げられる。一見すると惑星のようにも見えるが、実際には一生を終えた星の最後の姿で、リング状に見えるのは球状に飛び散った物質で、中心星から放たれる紫外線によって発光している。
「………」
そこまで考えて、ふと思った。
緋影も含め、皆は星についてどこまで知っているのだろうか、と。
加えて、ここまで知っているのは自分だけじゃないか、とも思ってしまう。
「…新部員が見つかったら、話のタネにでもしておこう」
その新部員が見つからなくて困っているのだが。
それ以上の詮索はやめて、次の天体を探そうとした時だった。
「きゃああ!」
「……ん?」
風に流れて微かに聞こえた悲鳴に起き上がる。少し遠いように聞こえたが、学園の敷地内だったと思う。
放っておくわけにもいかず、I−ブレインを起動させる。
(―――重力制御レベル上昇。「Divine Plume」発動を推奨)
単純な浮遊より飛んだ方がいいと判断したI−ブレインの指示通り、専用デバイス「Excaliburnus」が空間の裏側から出現させる。八基全てが揃うと肩甲骨の辺りに密集させ、四基で一枚の翼を形作るよう重力場を展開。強力な重力場に光も取り込まれはじめ、翼の内部が光で満たされていく。
一対二枚の「光の翼」が間も無く完成し、一歩踏み出して宙に浮かぶ。問題がないことを再確認して声のした方向へと飛んでみる。
声の主は学園の正面玄関と校門を結ぶ通りにいた。座り込んでいるというよりは腰を抜かしているようで、しきりに植え込みの方を指差しながら喚いている。
長い赤髪の女性が。
「……フェア?」
彼女の近くに降り立ちながら声をかけてみる。すると彼女は涙目でこちらを振り向いた。
「ど、どうしたの?」
こんな時間に何してるの、という意味もあるのだが、彼女は何があったのかという質問と受け取ったようで、恐る恐る植え込みを指差しながら答えた。
「む、虫が…」
「…………は?」
今一言っていることが理解できないレイフは、彼女が指差す植え込みを見やる。
そこにいたのは。
「…………毛虫?」
向日葵の茎をよじ登る、一匹の毛虫。これに驚いていたのだろうか。
「これ?」
毛虫を指差しながら尋ねると、彼女は黙ってこくこくと頷く。
「……驚くことないでしょ。何かと思ったよ」
視線をフェアから植え込みに移す最中、何か白い物体が視界に映り、目を凝らして見てみる。
「……セミだ」
成虫となるため蛹から脱皮を始めた、一羽のセミ。
「滅多に見れない場面だなぁ。フェアも見なよ」
と言って手招きするレイフ。
すると。
「いやあぁぁぁぁぁっ!!!」
フェア、絶叫。もう見せないでと言わんばかりにガタガタと震え出す始末。
「うぅ……」
大音響の叫びに軽く眩暈を起こすレイフだったが、何とか持ち直す。
(知らなかったけど、フェアって虫が苦手なんだ。気をつけないと……)
風紀委員の重鎮として学園に君臨する彼女の数少ない弱点を思わぬ場所で得たレイフだった。
出来ればこのまま羽化するセミを見ていたかったが、この様子では一晩中動けないかもしれないと感じたレイフは、彼女をどうにか立たせて虫のいない場所へと案内した。
【*******】
だからと言って、天文台に連れてきたのは流石に失敗だったと思った。確かに虫はいない環境だし、一晩くらい寝泊りもできるが。
「大丈夫?」
あそこから連れ出してもう三十分になるのに、まだ少し怯えた様子のフェア。ここまで彼女の立ち直りが遅いとは思わなかったので、レイフも少々呆れてしまう。
「しっかりしてよ。虫はもういないってば」
「……はっ!」
しばらく肩を揺さぶっていると、ようやく正気を取り戻した。
「…あ、レイフ殿。ここは?」
「天文台」
「私は……何を?」
「…言わないでおく」
またパニック状態になられても困るし。というか覚えていないのかよ。
「そ、そうか。ところで、天文台ということは緋影殿も…」
「ううん。あいつ、今日はいない」
「あなた一人なの?」
「うん」
「……こんな遅くまで?」
「うん」
レイフが知る由もないが、フェアとしてはこんな時分まで夜更かししたことがないので驚きだ。
「美容に悪いわ……」
「え?」
「何でもないわ」
「ふーん……あ、そうだ」
レイフは開放された天文台の向こうに見える星空を指差す。
「見ていく?」
「え……」
彼女としては帰って寝たいところだったが、彼に迷惑をかけた以上簡単に断るわけにもいかなかったので。
「……そうね。私でよかったら」
「よしっ」
満足そうにレイフは頷き、天文台の屋根に上った。
【*******】
「えーと……どれが何ていう星座なのかしら?」
開口一番、フェアはそう尋ねた。
「え?」
「……ごめんなさい。私は天文学についてはよく分からなくて」
「……ああ」
レイフはどの星座から解説しようかと迷いながら、先ほどこの場で思ったことを回想していた。
(やっぱり、自分が知りすぎているのかもしれないな)
自慢になるかもしれないと思っていたが、彼女が相手じゃ分からない話にしかならない。少し教えておくのもいいだろう。
「……まず、北極星から話そうか」
「Excaliburnus」をアイコン代わりにしながら、レイフは淡々と説明を始めた。
「……これがわし座で、あそこで一際輝いているのがアルタイル。で、この三つの星を結ぶと……」
指で指し示しながら「Excaliburnus」に的確に指示を送り、丁度彼女の視界に映る星座と重なるよう荷電粒子砲を使って「夏の大三角」を作ってみせる。
「あ……なるほど」
教科書のような図解と端的な説明で、すいすいと覚えていくフェア。ここまで十個あまりの星座と関係する星を教え、その全てを記憶している。
「……まあ、こんなところかな。望遠鏡を使えば星雲とか銀河とかも見えるんだけど」
「ごめんなさい。いい加減眠くなってきて……」
欠伸を噛み殺すフェア。かれこれ一時間は教えていたから、当然である。
「そうだね。そろそろ帰って寝ようか」
「Excaliburnus」を引き戻しながら賛同するレイフ。天文台の管理を怠るわけにはいかないので階下に下りようとして、フェアに呼び止められた。
「一つ、聞いてもいいかしら?」
「何?」
さっさと済ませたくて「光の翼」を広げながら振り返る。
「どうして星を見るのが好きなの?」
「え……」
予期せぬ質問だった。しかし、多少なりとも理由はあるので包み隠さず言ってみる。
「そうだね……星と人は似ているから、かな」
「星と人が……?」
首を傾げるフェア。レイフは構わず続ける。
「人は時には互いに支え合い、時には互いに傷つけ合って生きている。今見える中にも、同じことをしている星がいる」
「どうして分かるの?」
「“声”が聞こえるからね」
「え、声って……星の?」
今、何か途轍もない発言を聞いたようなフェアは思わず問い返す。
「うん。と言っても、やっぱり分からないよね。緋影も分からないって言うし」
「や、そうじゃなくて……じゃあ、あなたは聞こえるの?その声が」
分かる方が異常なのでは、と突っ込みたくなるのを必死に抑えて。
「……試してみようか」
「出来ると断言できるのならお願いしたいわね。嘘は嫌いな方なの」
「そうだね……」
ただの受け答えでは信じてもらえないだろう。やるなら、誰から見ても分かるような……。
閃いた。
「じゃあ、こうしよう。僕は今から星たちに“合図したら光るように”って指示を出すから、君はその合図をして」
「あ、合図って、何をすれば……」
「ん、指を鳴らすなり手を叩くなりすればいいよ」
言い終えるとレイフは星空を見上げ、彼女の問い掛けには応じなくなる。指示を出している最中なのだろう。
(……本当にそんなことが可能なのかしら?)
半信半疑ながら覚悟を決める。
「……OK。いいよ」
促されてフェアは一歩進み出て、指を鳴らす構えを取る。
(……せぇのっ!)
意を決して指を鳴らす。
刹那。
星空の天蓋に光が走った。
「わぁ……!」
思わず息を呑むフェア。光は頭上の星を中心に放射状に広がり、さらにその中を無数の流星が流れていく。
「本当に……星と会話できるんだ」
「何故か分からないけど、ね」
光の波はやがて地平線の彼方に消え、流星の数もまばらになっていく。有り得ないと思っていた光景は、わずか一分ほどで消えた。
「まあ、そういうわけだから。下の片付けに行ってくるね」
光の翼を広げたままのレイフは、そのまま屋内へ飛び降りていった。
「機会があったら、また来てもいいかしら?」
寮への帰路の途中、フェアはそう口にした。
「勿論だよ。ただ、さっきのはあまり出来ないけど」
「どうして?」
「『疲れるから』だってさ」
上を見上げて、笑い合った。
二人が見上げる夜空を、羽化したばかりのセミが飛んでいった。
【*******】
こうして、フェアードネイル・アインツオブゼクスは天文学部に仮入部することとなった。
仮とはいえ新部員ができたことに緋影は大喜びだったし、これで少し天体観測が楽しくなるだろうとレイフも彼女を歓迎した。
三人揃っての天体観測も、遠からず行われるだろう。
おまけ:「後日談」
フェア「ところで、他の生徒には声をかけなかったの?」
レイフ「かけたんだけど、皆忙しいからって断られちゃってさ」
フェア「ノーテュエルは?」
レイフ「僕と一緒にやるのが気にいらないらしくて」
フェア「……まあ、当然かもしれないわね。日頃のあなたの起こし方じゃ……」
レイフ「?」
フェア「鶏やラムダは……入れなかったわよね?」
レイフ「当たり前じゃないか。あんなブラックホール、誰が誘うんだ」